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亡き妻のこと

私の妻は6年半前に勤務中の診療所でくも膜下出血で倒れ、3日後に亡くなりました。

当時、私は四日市へ単身赴任中。当時は未婚であった長女から職場に電話で知らせ

があり病院に駆けつけるも意識がありません。

妻は新潟県上越市の出身、私は三重県鈴鹿市の出身。妻は聖路加病院の内科の

看護婦。私は、四日市から東京へ転勤を命じられ中央区日本橋の会社勤務。

学習運動が縁で妻と知り合いました。当時聖路加病院は、「古川・大坪闘争」という

不当首切り撤回闘争をしていました。学習協の事務局担当の私は他のメンバーと

いっしょに「守る会」に参加。妻も第一組合員として参加して守る会に参加していた

のです。仲人は古川夫婦にお願いをして会費制結婚式で式を挙げました。

なぜ妻の事を記すのか・・・。実は本日のしんぶん赤旗1面に大森典子弁護士が登場

しています。大森弁護士は古川・大坪闘争の裁判の弁護士さんでした。

40年前の大森先生の姿を思い起こし、妻との接点になった「守る会」活動からこの

投稿をする気になった次第です。